スポンサード リンク

現代の子育て環境

子育てをする環境として、社会的環境と、家庭という環境が挙げられる。こうした環境の中で大人が、そして親が子供を大人に成長させていくこと、それが子育てというものである。しかしながら現代においては、子育てをする環境を作ることが難しくなっているように感じられる。それは、その子育て環境を作るべき大人たちが、大人に、そして親に成り切れていないことが原因ではないかと思われる。

教師の不祥事、成績ばかりを求める社会、見て見ぬふりをする大人。そうした環境の中で、子供はその姿を見て育っていく。それを家庭に持って帰れば、親は地域のせいにし正そうとしない。何が悪いのかをちゃんと説明できないのだ。全ての大人がそうではないが、しかしそういう大人が子育て環境を作っていけるとは思えない。

また、どうしてそうなったかを考えると、今の親の親、つまり団塊世代の人達がひたすらに仕事をしてこの国を支えていた事にあるように思える。仕事に時間を割くことにより子供と接する時間が減った。その子供が今大人になり、接し方を学べなかった事から子育ての環境をどう作ればいいのかが分からないのではないかと考えられる。また、大人は大人、子供は子供という考え方の強いこの国においては、19歳までは子供として扱われ20歳になると急に大人として扱われる為、大人になる準備もないまま大人にされてしまうことが大人に成り切れない原因になっているのではないだろうか。

時代と共に子育て環境も変わって行かなければいけない。つまり、考え方自体を変えない限り、大人になる準備をする環境を作ることは出来ない。そして、大人がまず大人にならない限り、子供を育てていく環境は作れないということを理解しなければいけないのではないだろうか。

テーマ : こどもと一緒に♪ - ジャンル : 育児

子育てにおけるしつけとは

子育てにおいてしつけという言葉をよく耳にする。しかしその定義はない。その為しつけの解釈は各々だ。子育てでよくされるしつけとして、例えば殴る、怒鳴る、というものがある。悪いことをしたからしつけでやったと親は言うだろう。しかしそれは本当に子育てにおいて必要なのだろうか。

しつけとは礼儀作法を教え込む事である。子育てにおいてのしつけは、その子が社会環境の中で知っていなければいけない事を教える事となるだろう。知っていなければいけない事を教える事とは、つまりやってはいけない事を教えるという事にもなる。そこで親が悪い事だと判断したら叱る。それを子育ての為のしつけと一般的に言っている。しかし、叱るのと怒鳴る事を同じにしている親は沢山いる。悪い事だと判断したら、何故悪いことなのかを説明し教える。これが叱るという事だ。しかしそんな風に怒る親はあまり見かけない。まず、怒鳴り声が聞こえる。危険を回避する為には必要なことだ。しかしその後に何故そんな声を出したのか説明しているだろうか。自分の感情を言葉にしてぶつけているだけになってはいないだろうか。これは怒鳴るという行為である。決して叱っている事にはならない。そして怒鳴られる事で子供の心に傷が付いたとしたら、それはしつけではなく立派な虐待である。虐待というと体に付いた目に見える傷だけを言う人がいるが、心も体の一部である。目に見えないが傷付くのである。子供を傷つけて果たしてこれを子育てにおけるしつけと言えるだろうか。もしそれを子育てにおいてしつけと言うのならば、その必要性をきちんと見極めてからするべきであると私は思う。

人は感情がある。大人も子供も全ての人にある。だから親が子供に対して感情を出してしまう事は仕方のないことだ。しかし、殴ったり怒鳴ったりしたら謝るべきだ。悪い事をしたら謝る。親であっても当然のことである。それも子育てにおけるしつけの1つではないだろうか。そういう姿を見せることこそが子育てにおいてのしつけだと考えられる。

テーマ : 男の子育児 - ジャンル : 育児

子育てによるストレス

子育てによって起こるストレスは、父親が母親に子育てを全て任せてしまう事によるストレス、子育て本や他人の子供と自分の子供を比較する事によるストレス、育て方に悩んでもその悩みを打ち明ける環境がなく一人で抱え込んでしまう事によるストレス、優劣重視の社会環境の中で起こるストレスなどさまざまである。そうしたストレスは病を引き起こし、また、子供へも伝わってしまう原因となる。

子育てによって起こったストレスはノイローゼやうつ病など心を蝕むことにも繋がる。その矛先は身近に居る子供である。子育て本や他人の子と比較し劣っていると叱ったり、そうなるように無理強いしたりする事は子供にとって負担となりストレスの原因となる。それを親は子育てと言っても、親本意の子育てをしてしまっては互いにストレスを生むだけになってしまうのである。

互いにストレスを感じない子育てをするには、家族みんなで取り組むこと。そして、何かと比較するのではなく、その子本人の姿と向き合ってその子の為の子育てをする。それが、互いにストレスを生まない子育てであると私は思う。テストの成績が悪く、他の子より出来ていないからと叱っては互いに嫌な気持ちになるだけである。そうではなくて、そのテストに対して努力していたのなら結果はどうあれ褒めるべきである。そうすれば、子供は自信を持ち頑張るだろう。そして親もその子の姿に苛立ちを覚えなくなる。

親が理想を描き子供に押し付けることで、子供にも自分にもストレスを与えてしまうことに気付かなければいけない。人間は一人一人違って当然なのだ。自分の子供に合った子育てをしてこそ、子供は大人になることができる。そしてストレスを軽減することにも繋がるのではないだろうか。

テーマ : コミュニケーション - ジャンル : 育児

父親の子育て

父親の子育ては共働き家庭に限った事ではない。父親と母親が二人で作った命である子供を二人で育てることは当然のことであり、父親が子育てに携わることは父親としての責任である。

では父親はどう子育てに携われば良いのか。役割というものを設けるべきではないが、もしあるとすれば、子供と共に学び、時に叱り時に逃げ道となる事であろう。勉強でも遊びでも、子供は親と一緒にやる事が嬉しいのだ。決して親が出来る姿を見たい訳ではない。だから分かる事は教えてあげれば良いが、分からない事は分からないと背を向けるのではなく、分からないと子供に伝え一緒に考える。そうする事で子供は、分からない事は恥ずかしいことではないと学び、考えるということも学ぶ。父親だからといって威厳を見せることが子育てではない。

また、子供を叱るのは圧倒的に母親が多いだろう。そういう時こそ父親は子供をかばってあげる必要があるのではないだろうか。子供は叱られることによって悪いと感じる。しかし、親が叱るときは大概悪いことの理由より先に感情をぶつける。それでは子供は反省したくても怖さが先行してしまう。何故自分は叱られているのか。それを父親が説明してあげるのだ。ここで一緒に叱ってしまうと、子供の心が押し潰されてしまう。だから叱るのではなく優しく抱きしめてあげるのだ。それが子育てだ。そうすることにより自分のした事をきちんと反省する余裕が出来るようになる。そこに子育てにおいての父親の存在が重要になってくるのだ。

子供は親の姿を見ている。父親が子育てに協力した姿を見ればその子が親になった時に同じように出来る。父親は母親と違い子供と見えない絆で繋がる事は難しい。だからこそ、父親が子育てに携わる事は子供の人格形成に重要なのだ。子供の為にも、そして守りたい家族の為にも、父親が子育てに率先して携わることが望ましいのである。

テーマ : パパの育児 - ジャンル : 育児

共働き家庭の子育て

女性の社会進出により共働きの家庭が増えた。そうした家庭での子育ては、夫婦の協力が不可欠になる。夫も子育てを手伝うということだ。このように、共働き故に夫も子育てに携わるという動きは世界的にも確立されて来ている。しかし、この日本においてはその考え方がまだ浸透していないのが現状だ。男は外で働き女は家を守るという考え方が強いからだ。この考え方を共働きの家庭に当てはめると、妻の役割は、外で働いて家に帰る夫に比べると重労働となる。それでは子供を育てていく環境を作ってはいけない。

こう言うと、女が外に出て働かなければいい、という意見が出てくる。確かに家事、子育てというものを仕事と見るなら家に居る方がいいだろう。しかし、この国において家事や子育てを仕事と見る男性は少ないのではないだろうか。共働きの利点はそこにある。

共働きになることで、男は子育てがどういうものかを見ることが出来る。女は外で働く夫の大変さを感じることが出来る。互いを理解するチャンスなのだ。そして何より、夫が子育てに携わるということは重要である。子は母一人で作ったものではない。父と母が二人で作った命である。だから二人で育てることは当然のことなのだ。また、共働きによって二人とも子供と一緒に居られる時間が少なくなることも感じなければいけない。子供の為にも、一緒に子育てをすることが重要となってくるのだ。

共働きの家庭が増えてきたことは子育てにも影響する。その事を互いに理解し、助け合っていかなければ、子供を大人にしていくことは出来ない。また、子を育てるのは親の責任である。環境を作ることも親の責任である。共働き家庭に限らず、夫が子育てに携わることは決して恥ずかしいことではなく、寧ろ大切なことなのだ。

テーマ : パパ育児日記。 - ジャンル : 育児